― 安藤夕子という役はオーディションを受けて勝ち取ったんですよね。

真崎 私は最初マネージャーさんから“こういう映画のオーディションがあるよ”って話を頂いた時に、『心魔師』という題名からして“なんかかっこいい”と思いまして。今まで受けたオーディションは漫画とかの原作ものでキラキラ系とかが多かったので、人間性がある映画に出たいと思っていたところだったので、安藤夕子という役をぜひ演じてみたいと強く思いました。

― 役を勝ち取りたいという強い思いがあって臨んだオーディションだったわけですね。手応えは感じていましたか?

真崎 感じなかったですね(笑)。役の設定について結構いろいろと調べ過ぎて、オーディションを受ける2、3日ぐらい前から気分がダウンな感じで過ごしていたんです。オーディション会場で、“よろしくお願いします”という時点で気分が下がっていて。「好きな映画なんですか?」とか「好きな食べものなんですか?」っていう普通の質問でも、なんかわからないけど泣いちゃって。これは駄目だなと思って。印象悪くなったかなと思っちゃって。全く手応えは感じなかったですね。おかしい人と思われただろうな、やっちゃったなって思っていました。

― でもプロデューサーや監督にとってはそこが良かったんでしょうね。

真崎 不安定なところが良かったのかもしれません。

― 夕子という役について監督といろいろと話し合いとかはしたのですか。

真崎 リハーサルの時に、私が思っていた夕子のバックグラウンドを監督に話したら、監督からは真逆のことが返ってきたので、“どうしよう!”と思ったのが最初です。でも、現場に行ったら毎日台本のセリフが全部変わっていたので、準備していくというよりは、現場で適応していこうというふうに意識は向いていましたね。でも、監督は凄くこだわりが強い方だったから、OKと思わないと絶対OKを出さなかったので、それに応えるしかないっていう感じで必死に食いついてはいましたね。

― 夕子は外見はもちろん大人の女性ですけれども、言葉遣いだとか今村に対してお菓子を欲しがったりするところとか、非常に子供っぽいところがありますよね。あの役の感じはご自身で考えたことですか。それとも監督からの指示があってのことですか。

真崎 そこは多分あのまま私ですね。お菓子とかでめっちゃ喜びます(笑)。だから多分監督もリハーサルとかでそういう私の子供っぽいところを感じとってくださったんだと思います。夕子って子どもっぽいとこがあるので、自分のそういうところをちゃんと活かして脚本を書き直してくださったり。監督の演出でもちょくちょく子供っぽくしたり、自分でもそういうのやったりというのはしていました。ほぼ多分あれは素でしたね。

― 撮影中、一番大変だったシーンはどこですか。

真崎 一番大変だったのはもう最終日の一番クライマックスのホテルの部屋で暴れるところ。そこが一番大変でしたね。あそこがナンバー1です。

― 具体的には何が大変だったんですか。

真崎 あそこは、わーって言ったり動くことが多かったので。それに泣かなきゃいけないし、息づかいもちゃんと見せなきゃいけないって監督に言われていたので、いろんなことを注意しなきゃと思って。そうすると暴れすぎて衣裳のワンピースも破けちゃって。最後の最後に過呼吸になったりとかして。しかも何テイクも何テイクも重ねていたので体力的には大変だったんですけど、でもなんか現場で本気でぶつかれる役なんて滅多にないから、凄くいい経験になりましたね。

― そのあとのシーンで夕子が今村に励まされるシーンがありますが、あそこは観ていて結構印象深く、夕子が一番素直になるという感じがしました。

真崎 そうですね。あのシーンでホテルの外に出た階段のところで、真っ直ぐ前を見ると山とか森が見えたので、監督に「そこに向かって希望を見出す感じで」って言われたんですけど。OKをもらった時、私は過呼吸の状態だったので、あまり何も考えずにとにかく生津さんからの言葉をそのまま受けて「はい」みたいな感じではありましたね。

― リアルな感じが出ていました。

真崎 リアルといえばリアルだったのかもしれないけど、結構動いた後で精神的にもごちゃごちゃという意味ではリアルだったのかなと思うんですけど、特にあんまり深くは考えずに言われた言葉を「はい」みたいな感じでやっていました。

― 逆に楽しかった思い出はありますか。今村刑事役の生津徹さんはケータリングが美味しかったと言っていましたが。

真崎 ケータリングは凄く美味しかったです。あとは待ち時間とか結構皆さんと同じ場所にいたんで、いろんな相談にのって頂いたり、アドバイス頂いたり、皆さんとお話できたのが嬉しかったです。撮影も私は楽しかった。ちゃんと名前がある役を頂いたのは初めてだったので、新鮮なことばかりでした。現場の雰囲気も良くて好きでしたね。基本的に毎日楽しかったですね。

― ロケーションも良かったですしね。

真崎 あそこの横に小学校があったじゃないですか。あそこの小学校に私のおじいちゃんが通っていたんです。あの小山町は私のお母さんの実家がある場所で、私は東京で育ったんですけど、生まれたのは静岡なので、“自然がいいな”って思って撮影に臨んでいました。すごく良い場所でしたね。

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